精神科訪問看護で病棟経験を生かす ――観察力を「暮らし」へ広げる同行訪問
当ブログでは、事業所からのお知らせや日々の出来事に加え、精神科訪問看護の仕事や、そこで働く看護師が大切にしている視点も紹介しています。
今回は、病棟での勤務経験を持ち、精神科訪問看護では新人の看護師「みなみ」を主人公にした架空の場面です。初めての同行訪問で、必要事項を確認する前に利用者の暮らしへ目を向ける意味に気づいていく様子を通して、訪問看護の仕事の一面をお伝えします。
登場人物や出来事は、実在の利用者をもとにしたものではありません。
病棟経験を訪問看護でどう生かすか
訪問看護師のみなみは、精神科病棟での勤務経験を持ちながら、訪問看護では新人です。初めての同行訪問を前に、「最初に何から確認すればよいのだろう」と確認メモを見つめていました。
病棟で身につけてきた観察や確認を、暮らしの場でどのように生かせばよいのか。正解を探そうとするほど、「まず何かをしなければ」という焦りが強くなります。
同行する先輩看護師のあやは、手順をすべて説明するのではなく、「まずは挨拶をして入ってみよう。気になったことがあったら、あとで聞かせて」と声をかけました。
訪問バッグを開く前に見えたもの
訪問先で迎えてくれたのは、利用者の高橋さん(仮名)です。高橋さんは自分で玄関のドアを開け、二人を室内へ案内しました。
みなみが訪問バッグのファスナーに手をかけたとき、玄関の端に外出用の靴がそろえられていることに気づきます。確認メモにはないことでしたが、みなみは高橋さんと同じ目線になるように座り、こう尋ねました。
「玄関の靴、すぐ履けるように置かれていましたね。今日はお出かけの予定ですか」
高橋さんは、午後の天気を見ながら近所を少し歩こうと思っていると、自分の予定を話してくれました。
靴が整っているという事実だけから、気持ちや体調を推測することはできません。みなみが受け取ったのは、目で確認できた事実と、高橋さん自身が語った希望です。そこから、その日に大切にしたい過ごし方が少し見えてきました。
症状や処置に加えて、その人の一日を見る
症状や必要な確認に目を向けることは、看護の大切な役割です。この訪問でみなみが学んだのは、それまでの観察を手放すことではなく、観察の向け先を暮らしにも広げることでした。
高橋さんは、看護師に予定を決めてもらう人ではありません。天候や自分の状態を見ながら、近所を歩くかどうかを自分で選ぶ生活者です。訪問する側は、その選択を先回りして決めるのではなく、本人の言葉を聞きながら必要な関わりを考えていきます。
この場面には、精神科訪問看護の仕事を理解する三つの手がかりがあります。
- 住まいの中で、本人が大切にしている日常に触れる
- 観察した事実を決めつけず、本人との対話で確かめる
- 看護師が「何をしたか」だけでなく、本人が「何をしようとしているか」に目を向ける
同行後の振り返りが、気づきを育てる
シェアライフでの同行場面では、訪問後の振り返りも描かれます。
先輩看護師のあやは、みなみに「玄関で何が気になった?」と問いかけました。さらに、同僚の先輩看護師であるさきが、玄関には靴や傘など、その日の予定につながるものが見えることもあると話します。ただし、二人が大切にしたのは、見えたものだけで意味を決めず、本人に確かめることでした。
みなみは確認メモの裏に「その日の予定」と書き加えます。病棟で培った観察力が失われたのではありません。その力を、本人の選択や暮らしへ少し広げることができたのです。
一度の訪問ですべてを理解したわけではありません。次の訪問でも、高橋さんの言葉を聞き、その日の一日を見ていく。そんな小さな積み重ねから、みなみの訪問看護は始まります。
※本文は精神科訪問看護の仕事を伝えるために構成した架空の場面です。高橋さんは仮名であり、実在の利用者を特定する情報は含んでいません。
玄関から始まる看護の視点を通して、精神科訪問看護という働き方を知ってみませんか。
このテーマを漫画でも紹介しています。
「漫画『玄関で、看護が広がった。』を読む」
